店主のペン語り

ステーショナリーに関して、日頃感じていることやお店であったことなど、万年筆の話題を中心に週1回(毎週金曜日)の更新でお伝えするコーナーです。
このコラムを読んで皆様がそのペンに興味を持たれて、使ってみたいと思っていただけたらとても嬉しく思います。

バックナンバー

2010.08.27 旧来オマスの魅力を持った新製品 ”クルーズ”

2010.08.20 ラミーサファリ

2010.08.13 雰囲気のあるペンということ

2010.08.06 柔らかい書き味というイメージ

2010.07.30 ペリカンM205DUO

2010.07.23 リスシオワン・ルーズリーフA5発売

2010.07.16 旅の装備 ル・ボナーのペンケース

2010.07.09 ヘミングウェイにも勧めたい 楔ペンシルホルダートゥラフォーロ

2010.07.02 オマス本社訪問

2010.06.25 カンダミサコ デスクマット完成

2010.06.18 万年筆をめぐる旅 1・ベルリン

2010.05.28 リスシオワンルーズリーフ新発売

2010.05.21 オリジナル万年筆 セレネ初回ロット完成

2010.05.14 机上のヌシ

2010.05.06 机上の充実 思考の時間

2010.04.29 旅ノートとブルーブラック、2本目の旅万年筆

2010.04.23 アルボレス 美しいペーパーステーショナリー

2010.04.16 800番 それまでの生活との決別

2010.04.09 旅ノート

2010.04.02 憧れて、諦めていた 万年筆

2010.03.26 Liscio-Port(リスシオ・ポルト)メモホルダー

2010.03.19 プラチナブライヤーその後

2010.03.12 オンリーワンの存在感 ラミー サファリ

2010.03.05 ジャケットのポケットにライフクロス手帳

2010.02.26 不景気と万年筆メーカーの変化

2010.02.16 カンダミサコさんのペーパーウェイト発売

2010.02.12 コンプロット10を使い始めて

2010.02.05 オマス~緊張感と独自性~

2010.01.29 伝説になった加藤さん

2010.01.22 字幅の好みと選択

2010.01.15 エラボーの復活

2010.01.07 オリジナル万年筆 Selene(セレネ)

2009.12.25 ペン業界がするべきこと

2009.12.18 万年筆で年賀状

2009.12.11 ラミーダイアログ3

2009.12.04 カンダミサコさんのペンシース

2009.11.27 木の良さに甘えない ~クローズドエンド楔 万年筆~

2009.11.20 リスシオダイアリーカバー完成2~ダブルの誘惑~

2009.11.13 オリジナルダイアリーカバー完成1 ~シングルタイプ~

2009.11.06 インクが表現する世界観~セーラー季節限定インク色織々冬~

2009.10.30 目盛りへの憧れ

2009.10.23 作家たちの傍らにあった小判型のペントレイ

2009.10.16 手帳に使う細字万年筆

2009.10.09 Pen and message. 2nd Anniversary キーホルダー完成

2009.10.02 吸入式であるということ セーラープロフィットレアロ

2009.09.25 イベント 楔の奏でる木の文具展を終えて

2009.09.18 工房楔 木工家という生き方

2009.09.11 夢の小箱 ル・ボナーデブペンケース

2009.09.04 リスシオ・ワン ダイアリー完成

2009.08.28 旅に持ち出したオプティマ

2009.08.21 手帳についての個人的な想い

2009.08.14 気持ちを伝える葉書

2009.08.07 旅の備え

2009.07.31 ヨーロッパ伝統工芸品の佇まい カランダッシュ エクリドール

2009.07.24 字幅の話

2009.07.17 バラ紙と綴じたメモとコラボメモカバー新作

2009.07.10 文具業界の最も華やかな日“ISOT”

2009.07.03 リスシオ1製品第1弾発売~理想の紙を作ってしまった印刷会社の社長の情熱~

2009.06.26 モンテグラッパエキストラ1930

2009.06.19 デュポン 「ディフィ」ボールペンリフィル

2009.06.12 結婚祝いの万年筆

2009.06.05 父に贈る万年筆

2009.05.29 ペン先調整考

2009.05.22 工房 楔(せつ)

2009.05.15 ファーバーカステル新作イントゥイションに見るトレンド

2009.05.08 インターネット色見本完成しました

2009.05.01 マーレン ~掘り下げる楽しさと万年筆の広がりのバランス~

2009.04.24 格の違いという魅力 M450

2009.04.17 ~ペンのアクセサリーという考え方~ ペンクリップ発売

2009.04.10 変わらないという戦略~ヤード・オ・レッド~

2009.04.04 さりげなくメモをとり、生かす ~コラボメモカバー~

2009.03.27 Conplotto-10(コンプロット-ディエーチ)

2009.03.20 好きなインク選び

2009.03.13 息子へ贈る万年筆

2009.03.06 神谷利男著 「My Favorite Fountain Pens」

2009.02.27 モンテグラッパ エンブレマ

2009.02.20 試筆用紙を作りました

2009.02.13 ラミー サファリの価値観

2009.02.06 ペリカン「ポーラーライト」と大人たちとの時間

2009.01.30 ル・ボナーのペンケース

2009.01.22 プラチナ ブライヤー

2009.01.15 アウロラ オプティマ

2009.01.08 硬派な道具 「シルバーン」

2008.12.25 手帳用の万年筆を選ぶ

2008.12.18 デルタ ドルチェビータ ピストンフィリング登場

2008.12.11 司法試験の万年筆

2008.12.05 ビスコンティ オペラ エレメンツ

2008.11.28 大和出版印刷製本ノート 第2弾

2008.11.20 シェーファー VLR

2008.11.13 柘製作所 キャンパスマイカルタ

2008.11.07 中屋万年筆 シガーモデル

2008.10.31 ペリカン M400

2008.10.23 パイロット カスタム 楓(かえで)

2008.10.17 ビスコンティ ヴァンゴッホシリーズ

2008.10.10 「モンテグラッパ ネロウーノ」


伝説になった加藤さん

1月23日、カトウセイサクショカンパニーの加藤清さんが亡くなりました。
84歳の非常に劇的な、ご自分の使命を全うされた偉大な生涯でした。
ある夏の暑い日、加藤さんの工房を訪ねた時の事を、工房のセルロイドの主成分である樟脳の香りとともに思い出します。

ある筆記具問屋の老営業マンに連れられて加藤さんを訪ねたのは 10年前でした。加藤さんは私たちを歓迎してくれて、ご自分の今までの仕事などを面白可笑しく話してくれました。
文具店の一担当者だった当時の私からすると、加藤さんは万年筆の世界の神様のように感じられ、お話できることがとても光栄に思えました。

その後もお付き合いをさせていただいて、万年筆の仕事をするようになって最もお世話になった人のうちのお一人でしたし、会社を辞めて独立して仕事をしていくということを考えた時に加藤さんのこともイメージするほど影響を受けた方でした。

オリジナルの商品企画など、加藤さんの存在なくては実現しなかったものをたくさん作っていただきましたし、またご迷惑をお掛けしたこともありました。
加藤さんは長く万年筆の仕事をしてきたことに固執せず、私たちの企画した商品に対して柔軟なアドバイスをくださり、一緒に商品を作りました。

1週間のうちで日曜日が一番楽しい、なぜなら来客や電話の応対から開放され万年筆の試作に没頭できるから、と80歳を過ぎてから言われていたことがとても強く印象に残っていて、休みの日の過ごし方を考える時いつも思い出します。
セルロイドという加工に手間が掛かかり、管理も難しい素材を使いながら、万年筆を手頃な価格で提供したいという職人としての志の高さには頭が下がりました。
それに加藤さんは経営者としての資質も相当なものだったと思っています。

お父さんが興した会社を、お父さんが亡くなったため早稲田大学を中退して継いでから、60年以上の間万年筆の世界に存在感を持つことができたのは、時代の流れを的確に読みながら、独自の道を切り開いた勇気と決断力があったからです。
大阪中、日本中にたくさんの万年筆を作る会社がある中、手作業から大量生産が可能なプラスチックが出始めた時、小さな工場は淘汰されていきました。
その中でも加藤さんは設備投資し、新しい技術を取り入れて生き残りました。
価格競争が厳しくなると、中東に新たなマーケットを見い出し、エジプトに政府との合弁の工場を建設しました。
健康上の理由で日本に戻ってからは、フランクフルトの見本市に出展した時に商談が成立したコンウェイスチュアートの万年筆を作るようになりました。

コンウェイスチュアートが倒産した後、伝説になっているビスコンティとの仕事を始めました。
ビスコンティの初期のセルロイドの万年筆は全て、加藤さんの手によるものでした。
イタリアから大量のセルロイドが送られてきたものの置く場所がなく、工場の前に積み上げておくしかなかったとか、他のメーカーからもたくさん仕事の依頼があったけれど、ビスコンティの仕事が手いっぱいで、受けてあげたくても無理だったとか、とても大変だったけれど、楽しかったと話してくれました。
高齢になり、体力的に厳しくなってきたので、ビスコンティの仕事を断り、日本国内向けに仕事を変えて行きました。
その頃の日本には、手作りのセルロイド万年筆を求める土壌が出来上がっていましたので、加藤さんのペンは多くの人の気持ちをつかみ、亡くなる直前までペンを作り続け、生涯現役という私たち自営業者が憧れる生き方を体現していました。

もしかしたら加藤さんのような人は二度と現れないかもしれませんし、私たち万年筆の仕事に携わっていた人間は、加藤さんの能力に頼り過ぎていたのかもしれません。
加藤さんに甘えきっていた私たちを加藤さんはどう思っていたのでしょうか。
そしてこの業界のことを心底心配して、旅立って行かれたのではないかと思っています。

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